奈良岡整体

告知と哲学を記します

体験ばかりして経験を積まないこと

体験と経験は同じような表現ですが、僕は全然違うように思います。体験を数万回繰り返しても、それは消費されるだけで経験にはなりません。

 

体験は、体験という主観的な出来事に使われます。ディズニーランドを体験した!という表現です。通常、ディズニーランドを経験したとは言いませんね。ディズニーランドといえば、高いホスピタリティで、様々な企業研修などでも題材にあがります。そのホスピタリティに触れ、感動した時、その感動体験を細やかに内容を分析し、理解し、自分自身のスキル向上や生活に変換し活かす作業を行った時、ディズニーランドの体験は経験にグレードアップします。

 

僕は昔から何年やってるとか、誰から習ったとか、あれもこれもできるとか、指名率90%以上とか、地域ナンバーワンとかをひけらかしている人はすげーダサいなと、単純に思います。ひけらかしというのはインスタ映えみたいな事です。これは主観的体験の拡散であり、体験ばかりを報告しているに過ぎません。多くの体験は実力ではありません。体験は経験の素材でしかありません。体験を経験として積み上げる事でしか実力とはいえないのです。

 

しかし、このような現状を作っているのは、残念ながらこの業界においては、現場のセラピストより講師が問題かと思います。それは体験型の講座やセミナーばかり企画するからです。しかし体験型の講座やセミナーは面白いんです!まずは面白くて、楽しめる事は、人間の興味を掻き立て、次のステップに向かうかもしれません。しかし、現実はどうでしょうか?体験型の学びはファストファッションのように消費されるだけです。また面白い体験型の企画すれば、それなりにお金も入ってくるでしょう。しかし、それは講師という存在がこの業界が食い物にし、堕落していくだけです。

 

体験は楽しい。そこには痛みはないし、葛藤も然程ありません。患者さんが痛み、葛藤し、病と闘っているのに、それに寄り添うセラピストが体験型の楽しい学びをし続け、失敗や挫折から逃げて、経験を積まない人間が、本当に患者さんと寄り添えるのでしょうか?普通の仕事をするならそれでいいんだけど、技術者、ましてや人の命を預かるセラピストはそれでいいのでしょうか?一人一人がしっかり考える時期に来ていると僕は思いますよ。

 

 

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ヒーラー奈良岡元

www.naraokahajime.com